口から出まかせ日記【表】

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冬の寒さを覚えたら子供じゃない。

朝、近所の子供がはしゃいでいる声で目が覚めました。隣の家で車の暖気をしている音も聞こえるし、「え、もうそんな時間?」と思って時計を見たら、まだ7時前でしたよ。「起きるの早いなぁ、みんな……なんでそんな早いんだろう……まさか」と思い、窓の外を見たら、納得。一面の銀世界、っていうほどではないけど、うっすらと雪が積もっていました。

 

思わずまた布団に飛び込んで、一時間くらいぐっすり寝て、起きて朝ごはんを食べて、燃えないゴミを出し、コーヒーを飲みながら、これを書いています。思ったより外は寒くないです。地面に積もった雪もぐしゃぐしゃになっていて、午前中で溶けるでしょう。

 

私が住んでるあたりだと、早ければ11月の末くらい、遅くとも12月には雪が降り、いちどくらいは積もるものです。今回は遅かったですね。やっぱり暖冬なのかなぁ。いや、暖冬だとかえってドカ雪になるともいうし。単純に天気が良い日がいつもより続いているのかもしれません。

 

そういえば、小学生くらいの頃は、雪が積もると嬉しくなって、学校に行く前に雪の中に飛び込んでましたね。手袋も、長靴の中もぐしゃぐしゃにして遊んでました。我ながら、あの寒い時期によく遊んでたよなぁ、と思うんですが、そういった子供の頃の思い出には、冬の寒さの感触がありません。

 

夏の暑さは覚えています。森の中に昆虫を探しに行ったときの、むせ返るような湿気と暑さは今でも生々しい。でも、冬の寒さは、いくら考えても思い出せませんね。スキーに行ったり、雪合戦したり、色々あったはずだけど。

 

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冬の寒さを思い出せるようになったのは、ここ10年くらいの事です。大学の卒業式の時、体育館がやたら寒かったなぁ、とか。介護士をやっていた頃、バイクで職場に向かっていた時の、グローブ越しに感じる空気の冷たさだとか。はっきりと思い出せます。

 

だから私は、「冬の寒さを覚えたら、もう子供ではないんだ」と思うわけです。記憶というのは、子供の頃と、成人したあとでは、質が違います。子供の頃の思い出は、しっかりした記憶というよりは、物語の中に入り込んでるような、ちょっとファンタジーなところがあって、ぼやけている。20代以降になると、やっと「記憶」と呼べるような、信用できる固い代物になってくるような。

 

子供の頃に「冬の寒さ」を思い出せないのは、「危険なものを曖昧にした」のかもしれません。子供は危険に飛び込みます。私も怪我ばっかりしてましたが、痛かった記憶も曖昧です。冬の寒さと同じように。自分にとって辛かったもの、危険なものは、その当時の自分にとっては、「覚えておくと影響が大きい」と、脳の中に住んでいる偉い人が判断して、モザイクをかけたのでしょうか。

 

そして成長した後は、「もう耐えられるよね。っていうか、いい加減耐えなさい。甘えんな」と、モザイクが外される。冬の寒さも、痛みも明確なものとなり、「記憶」となる。おかげで甘えん坊の私はすっかり、冬の寒さ、小指をタンスにぶつけた時の痛みを、明確に感じるようになってしまったのです。

 

子供の頃に平気だったものが、今になって耐えられなくなっています。夏の暑さに耐えられず、冬の寒さにも耐えられない。でかい虫に触れなくなり、頭をぶつけると大げさに「痛えぇぇぇッ」と叫ぶ。そんな体たらくです。もう一度、脳の中に住む偉い人にモザイクをかけてもらったほうが良さそうです。