口から出まかせ日記【表】

もうすぐゴールデンウィークですね(早)

あとで読み返して面白ければ成功。

 

日は用事があって街に出かけました。ぜんぜん大した用じゃなくて、仕事に使う靴下とかワイシャツを買いに行っただけです。マスクと小さいアルコールのスプレーと除菌できるウェットティッシュを持っていきました。街の様子はいつもと変わらない感じでしたが、子供を連れたお母さんが、お子さん全員にマスクをさせていましたね。いやぁ、家族全員が例の真っ黒いマスクをしてると、けっこう迫力あってビビりますな(笑)。

 

パン屋に入ったら、いつもだとそのまま棚に並べられているパンが、一個一個ラップで包んで置かれていました。そのせいで、アンパンマンパン(アンパンマンの顔をしたパン)の顔面がグジャグジャになっていて、邪悪な紋様の描かれたパンみたいになっており、禍々しさがありました。それから、街のどこでも桜が満開で見とれてしまいました。桜の下で老夫婦が口喧嘩をしており、奥さんが地面の雑草を引っこ抜いて旦那さんに投げ付けたりと、趣が感じられました。

 

自宅に戻ってからは、なんとなく自分のブログを読み返していました。だんだん、自分が昔なにを書いてたのかが思い出せなくなっています。もしかしたら、前に書いていた記事とほぼ同じような内容で新しい記事を書いているのかもしれない。内容がループしている可能性もあるんですよね。ちょっとそれが心配でもあり、読み直す気になったんです。

 

で、ざっと読み直してみて、感想としては素直に「面白いな」と思いました。自分で書いたことなのに、けっこう勉強になるもんだなと。参考になるという意味だけでなく、「この時はこんなこと考えてたんだなぁ」とか「なんでこんな極論を言うかなぁ」みたいな、今の自分の考えとは違ったりしていて、それが面白いんですね。数か月程度で、人間の考えって変わるんだなと実感出来たりします。

 

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それと、「ある意味これはブログの成功例ではあるよな」とも感じました。つまり、あとから自分で読んで面白いなら、それはブログとしての一つの完成形だろうということです。ブログを書く目的は人それぞれにあり、中にはブログを下敷きにしてお金を稼ぎたいとか、作家としての地位が欲しいとか、一段高い目標を持つ人もたくさんいると思うんです。ただ、その目標がどうあれ、「自分で読んで面白いブログとして成立しているかどうか」というのは、ある程度確実な判断材料になるんじゃないでしょうか。

 

もっといえば、自分で読んでも面白くない自分のブログが、急に注目を浴びて話題になるようなことを想定できるのかといえば、可能性は低いと考えた方がいいんじゃないかと思うのです。それより、自分で読んで面白いなら、同様に面白いと思ってくれる人がいるとも考えられます。結局は、ブログに可能性を付与するのも、自分の判断力の部分が大きいのでしょう。

 

だからといって、「面白い記事を書かなきゃ」と頭を抱えながら書くのは、ブログの性質とはちょっと違うような気がするんですよね。私にとってのブログは生活感があって、ラフで整っていなくて、生々しいのが魅力だなと。だから、「面白い記事を書こう」なんて考えて書いているとすれば、それはちょっとなにかに汚染されているんじゃないかと。理想は、とにかくなにかを衝動的に書き、それが後から読んでも面白い事。あくまで書いている最中は評価基準と無縁で書くというのが、ブログに向かう姿勢としては純粋でしょう。

 

なんだか話にまとまりが無くなってきたのでそろそろ終わりにしますが、私にとってブログはアーカイブでもあり、自分に関する参考資料がどんどん貯まっていくわけです。だからこそ、ブログは自分に向けて書くのが一番いいと思っています。将来的に自分の役に立ちそうな考えとかアイディアを忘れないうちに保管しておく大きな書架であって、なにか困ったときはそこに立ち入って参考にする。そんな感覚で今後もブログとは付き合っていきたいです。