口から出まかせ日記【表】

酢の物が美味しい時期になりまして。

時をかけたくないおじさんです。

 

の方法で過去に戻り、死んだ自分のおばあちゃんや恋人に会って涙ボロボロ流して興行収入100億円みたいな創作ってよくありがちですが、過去に戻れたとして、すでに死んでいる親しい人に逢うのはちょっとめんどくさいなと思います。というのは、人は誰でも多かれ少なかれ問題を抱えており、生前どんなに仲の良かった人であっても、その人との邂逅は、すでに解決した問題が再び現れることでもあるからです。


しかも相手に対し、こちらが当人の死に目に会っていることを知らない、という前提で接しなければならない。非常にぎくしゃくしたコミュニケーションになることは間違いありません。「あなたは3年後のこの日には確実に死ぬので、そのつもりでいてください、よろぴく」なんて言えるわけがない。死んだ人にもう一度逢えるのは素晴らしい気もするけど、未来を知っている人間は、易々と言葉にしてはいけないことが多すぎて凄く疲れると思いますよ。


まあ、そんなのはフィクションであり、思考実験の舞台でしかないですが、仮に過去と自由に行き来できるようになったとしても、まったく行きたくないなぁと思います。過去だけじゃなく、未来にも行きたくないです。今、自分が存在する時間から一時でも離れたくない。一か月前とか、一か月先とか、そのくらいでも嫌です。なぜなら、ブログを書いてるからですね。ブログを書き始めてからますます、時間の飛躍なんてとんでもないと感じるようになりました。


仮に一か月前の世界に飛ばされたとします。すると、自分がこの一か月の間に書いた記事がパーになってしまうのですよ。なんたることでしょうか。一か月前の時点でまたやり直さなくちゃなりません。逆に一か月先の未来に飛ぶと、自分で書いた覚えのない記事が更新されていたりするわけです。ま、更新されているならまだ良し。逆に全然記事も更新されてないし、平日にもかかわらず布団に潜ったまま、つぶらな瞳で天井を見上げている一か月先の自分に出会ったとしたら、何だてめぇブログも仕事も辞めやがったのか、ちょっとこっち来いやとなり、凄絶な修羅場になることは間違いないでしょう。

 

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ブログを始める以前は何かにつけ、あの時は良かったなぁなんて考えてた気がします。特に大学生の頃の、無責任かつ怠惰な自由を謳歌していた時期に戻りたいとか、よく考えていたような。今はもうほとんどないです。過去に戻ってもこのブログが存在しないからですね。もっと早い時期から、このブログを始めていたらどうなっていただろう、みたいなこともあんまり考えません。いまから約2年前にブログを始めたのは、きっと何かしらの契機が揃ったためであって、そのタイミング以外で始めても、続いたかどうか分からないと思います。


ああそれと、なんとなくですが、ブログを続ける事とアスリートが実績を重ねる感覚は似てるんじゃないでしょうか。いやまあ別に、アスリートじゃなくたって実績を重ねている人はもちろんいるわけで、自分はようやくそんな人たちと同様に、自分の意志で実績を重ね始めたから、過去や未来と関係が遠くなっているのではないかと、ふと感じるのです。


実績を更新する日々を生きている。だから、その実績と無縁の時間軸には興味が無くなる。少なくとも、実績とは関係のなかった過去の時代には、ますます興味が無くなるかもしれませんね。逆に言えば、ブログ更新という実績に支えられた時間軸を、いま現在進行形で作っているのかもしれません。なんのためにか。それはちょっとよく分かりません。なにかを悟ったらブログに書きたいと思います。

 


時の回廊一時間"クロノ・トリガー"