口から出まかせ日記

口から出まかせ日記(畳みかけ)

ブログとデジャブ。

 

日は母の日でしたが、感謝の気持ちを込めてプレゼントを贈ったり、どこか食事へ誘ったりするのがふつうだと思います。真空飛び膝蹴りを贈るのはごく少数派でしょう。私も例年、母にプレゼントを贈っていますが、カーネーションなんて腹の足しにもならないのは贈りません。なるべく母親の意表を突くようなもので勝負するのが私のスタイル。


で、いままで何を贈ってきたかというと、最高級国産青竹踏み、ラッセンのパクりみたいな絵、高級写経用紙、カンガルーの肉、ジャマイカの国旗、薬用養命酒などなど。いつも母は困ったような顔でこれらを受け取り、その後、家のどこを探しても一切見つからないというのが通例です。残念ながら、今年は注文していたプレゼントが母の日に届きませんでした。まあ、母の日になんて囚われず、感謝したい時はいつだって感謝をすればいいのですよ。


ところで、ブログを続けているとデジャブを感じませんか。ここんところ私はよく感じます。5月の連休が明けた今ぐらいの頃になると、3月ごろから「なにか新しいことをしたいと思って~」などと、意気揚々と始まったブログの更新が軒並み停滞。そのうち404 Blog is not foundの表示が出る既視感に溢れた光景。そういうのをみると一瞬、なんだか取り残されたような感じがして、寧ろブログを続けている自分の方が、ある種の停滞をしてるんじゃないかと微かな危機感を感じるものの、すぐにそんなことは忘れて屁をこいたりしてる有様です。


まあ、こういうのは一年を通してあることです。自身のブログの継続年数が増えていくに比例して、誰かしらのブログの始まりと終わりを体験する頻度は自然と増えていく。ある意味、これってブログを続ける上での義務に近いものなんじゃないかと思います。多数のブログの始まりと終わりを静かに眺めつつ、なにかを思い、その心情をどこかに吸収した上で書き続けていくと。微かであっても、なにかしらを受け継いでいくような感覚でしょうか。

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ブログのデジャブといったら、記事の内容もそうです。ある人の記事を読んで、これはいい記事だと感じ、はてなスターを連打してブックマークもする。後で改めて読み直すと、その記事に高い評価をしたのは、自分が以前なにかを読んだり聞いたりしながら取捨選択し、自然とインプットしていた内容と重なる部分があるからだとも思うんです。


言ってみればブログ自体が「デジャブの集合体」なんでしょう。そもそも、完全に新しい知見ってブログには求められないもので、「あ~、俺も昔そういうこと考えてたわ」みたいな、一度自分の中を巡った考えだったり、体験談の報告みたいなものが、時間を越えてぐるぐると巡り続けている「流れるプール」的なものだと思うんです。というか、それこそがネットがもつ性質であり、私もしれっとブログ記事を流して、どこかに届けばいいなぁ~なんて呑気に考えてるわけですね。


それから、アフィリエイト目的のブログなんかだと、成功した先人のモデルを踏襲するからか、読んでると凄くデジャブ感があります。記事の内容が画一化してるし、PV稼ぎとして飛びつく時事ネタのパターンも決まっている。こういったブログは、個人的に複数登録するメリットがまず無いんです。たとえ、それぞれ書かれている情報が違っていたとしても、文章の組み立て方や文体が規格化されていると、いまいち読み甲斐を感じません。説明書を読んでいる感覚に陥ります。このあたりは、私がブログに求めるものが違うだけだと思うので気にしないでください。


それに、自分で書いたブログ記事にもデジャブ感が強まってきてますね。この文章だって、前に似たようなこと書いた気がするなぁと思いながら書いてますが、書くことそのものの新鮮さが継続のモチベーションの核になっていたとすれば、今後はデジャブと共に少しずつ失われていくでしょう。となると、継続するにはまた別の意志力なり、スタイルが必要になるとは思いますが、それもまたデジャブを感じながら読んだり書いたりすることで、なんとなくぼんやりした感じで得られるんじゃないかなぁと思っております。とか書いてるうちに母の日のプレゼントが届きましたぞ。今回の母の日のプレゼントはキタキツネリバーシブルクッションです↓

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