口から出まかせ日記【表】

家にあるホッカイロすべて有効期限切れ。

楽しいと寂しいほど捗らない

 

近の私は忙しい。外にも内にも引き裂かれているからです。外では梅、沈丁花、山茱萸の花がそこらへんで咲き始め、さらにはクロッカス、スノードロップなんかも地面から顔を出し始めており、休日ともなるとそれらをウォッチング。恍惚とする時間を作らねばなりません。


で、満足して家に戻ったら戻ったで、今度は「エルデンリング」をやらねばなりません。エルデンリングについてはもう二つも記事を書いているので詳細は省きますが、人を狂わせるほど面白いゲームでして、私も見事に狂いました。家に居る大抵の時間はエルデンリングをやっています。アイアムビジー。

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現状、私の意識はアウトドアとインドア、強力な二つの趣味嗜好に分断されているわけですが、そうして犠牲となるのが、そのどちらにも与しない中間の自分。どんな自分かといえば、楚々と読書をする自分、黙々と勉強をする自分、そして粛々とブログを書く自分です。正直、三月に入ってからなにひとつ捗ってません。ブログはなんとか騙し騙し書けてますが、インプット方面については枯れた井戸のようです。あかんな。


頭の隅では常に「勉強したい」「読書したい」という、希求のわだかまりみたいなのがあるんですが、「いま外に出ないでどうするよ。うかうかしていると春が去ってしまうぞよ」「やあ、おかえり。エルデンリングやろう。おい、やるんだろ」などと、強力な誘惑の声によって搔き消されている有様です。季節や流行りに惑わされず、自発的に自分がやりたいことをなにひとつできていないことに焦燥感を感じつつ、楽しいことにうつつを抜かしている。そんなよく分からない状態で生きています。楽しいけどなんか辛い。

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こういう、「楽しさに囚われている」感じに陥る時ってたまにあるんですが、私の経験からして一番の対処法は、「飽きること」しかないと思うのです。強力な楽しみがドーピング的に作用しているうちは、些細な楽しみは犠牲になるのもやむなし。そういう時はとことん楽しむ。そのうちどこかで飽きるポイントが必ず出てくるものなので、ようやくそこで地味な楽しみを受け入れられるようになる。それを待つほかないかなぁと。


でも、ある意味これは危険な思考かもしれない。楽しいことを階層的に考えて、上の方にある特に楽しいことだけを優先する生活って、あんまり良くないんじゃないかと。楽しみは自然なグラデーションになっているのが一番いいと思うのです。煌びやかな楽しい時間もあれば、ひとり静かに浸るような時間もある。一日の中で緩急のある楽しみがあるのが理想じゃないかと。


ところが現状はひたすらにアッパーな楽しみばかり。特にエルデンリングの影響が甚大です。このゲームの中身はほぼほぼ敵との戦闘ですので、戦場で生きてるようなもんです。安らげないのは当たり前。しかしこのゲームを終わらせなければ、牙城を崩せないというか、他の楽しみを受け入れる隙間が見当たらないのが正直なところ。


机の上には図書館で借りた本が数冊、読まれぬまま無言で佇んでいます。ゲームの合間にその本が目に入ると、「せっかく借りたのに悪いなぁ」って気分になります。激しい楽しみにうつつを抜かし、些細で幸福な何かを失っている気がする。楽しいのに、心の中心からどんどん砂漠化しているような気分です。あかんな。

 

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