口から出まかせ日記【表】

殺しにくる夏。

ときには水しか飲まない日も良い。

 

う七月。今年も後半戦突入ですよ、奥さん。どこの奥さんに言ってんのか知らんけど。しかし、連日の猛暑っぷりに恐々としてるこんなときに、政府がやたらと省エネを提言してきますが、正気と思えません。うちなんか躊躇なく、エアコンの設定温度を23℃にしてガンガン冷やしてます。なにを言われようとも、冷房に関してはアナーキストを貫く所存です。命が一番。


ところで。毎年の事ながら暑くなってくると、なんとなく自分の欲望が、「狭くなって強くなる」みたいな感覚が出てきませんか。私は、「暑い=お酒」みたいな結びつきが頭に浮かびやすく、日が燦燦と照り付ける中を歩いていると、「いやぁ、ビール飲みてぇなぁ」「風鈴の音を聞きながら冷酒でキュッとやりたいよね」などと、やたらとそんなイメージばかり思いつきます。


ただ、業務中に自分のデスクでぐびぐびとプレミアムモルツを飲み始めるなんて度胸は持ち合わせておらず、我慢いたします。そして家に帰れば、もちろん遠慮なくいただくわけですが、調子に乗ると日本酒を四合半ぐらい飲んでしまい、ドクドクと血管の悲鳴を聞きながら、眠れたのか眠れてないのかよく分からない夜を過ごし、沼の中心に浮いている気分で朝を迎えることも、あるにはあります。


体に悪いことをした次の日の罪悪感は大きく、「世界にひとつだけの自分の体なのに、僕はなにをやってるんだろう」みたいな、微妙にSMAPの曲の歌詞みたいなことを考えて痛く反省。今日こそは自分の体をいじめないようにしようと、強く誓います。で、具体的になにをするか。その日を「水しか飲まないデー」とします。文字通り、一日通して水しか飲みません。

 
 無印良品のボトルを愛用している。

 

しかし、「水しか飲まない」というだけでも、これがなかなかめんどくさい。社会とは様々なコミュニケーションや礼儀作法の型で成り立っており、そのひとつに「お茶淹れときました」とかいうのもありますが、「水しか飲まないデー」の日は、他の人が(勝手に)気を利かせて淹れてくれた、コーヒーや紅茶を受け入れられないわけです。


なので、「せっかくの御心遣い申し訳ないですが、私は今日、水しか飲まないと決めたので、代わりにどうぞ飲んでください」みたいに説明をするんですが、「ほしさん、病気なんですか?」「え、コーヒーも水ですよ」などと言われ、特に病気でもないけれど、たまに水しか飲まない日をあえて作っていることを話すと、「あ、宗教ですか」などと、微妙に話が嚙み合わない。


そんなこんなありますけど、一日通して水しか飲まなかった日は、体調的にも精神的にも、やはりコンディションがいい。凄く元気になるとかじゃなくて、素直になる、みたいな感じですか。気分があまり波立たなくなり、「あ、そもそもこれが素の気分なのか」と、納得して腑に落ちたような感覚になる。久しぶりに自分と会えた気すらします。


水しか飲まなかった日の良好な状態は忘れがたく、その翌日も、「このまま水だけ飲んで生きていこう。一生」と、思ったりしますが、人間はとても弱い。帰りのスーパーで「端麗」「爽快」「生」なんて文字を見たとたん負けます。ああ、いま思いましたが、自分の水筒に油性マジックで「端麗」だとか書いて水道水を入れておき、欲望に負けそうになるたびに飲めば、実質的に水だけの生活を送れるんじゃないだろうか。発想が小学生から成長してなくて哀しい。

 

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ヴィッテルとかしばらく飲んでないな。