もうすでに暑いので説得力ないですが、今年の夏、少しは涼しくなるかもしれませんよ。というのは、エルニーニョ現象およびラニャーニャ現象がいまのところ発生していないからです。
エルニーニョ現象もラニャーニャ現象も、簡単にいえば広い範囲で海水温が上がる自然現象のこと。結局、こやつらが発生することで、日本はここ数年えらい暑さやらごっつい台風に見舞われてきたわけです。それが今年は7年ぶりぐらいに落ち着いて、平常に戻っているとのこと。7年前というと2018年。平成30年の夏の暑さが戻ってくるかもしれません。
と言われて、皆様は7年前の夏の暑さを思い出せますか。私なんか全然思い出せませんし、去年の夏ですら相当暑かったはずなのにぼんやりとした記憶しかありません。とにかく去年の夏は暑かったよなぁと、雑に塗りたくられている感じ。まあ、人間は時間やビールが喉元過ぎれば暑さを忘れるのが正常で、その辺りを忘却できずに感覚そのものを追体験できたら、真冬なのにその人だけ猛暑をやっている、みたいな特殊な人になってしまいますからね。

石楠花が咲くと夏の始まりな感じがする。
と、ここまで書いて、なんか前に似たようなことを書いてたような気がして、そしたらやっぱ書いてました。
人の記憶なんてそれこそCMみたいなもんじゃないですか。良い記憶も悪い記憶も含めて、自分が理解しやすいよう色々と端折りつつ、効果的な部分だけ保管しておく、みたいなところがきっとあるんでしょうね。その編集部分で省かれる要素に、体感的な温度もある程度入ってくると思うのです。
なぜ省かれるのかといえば、記憶の完成度が高いまま保存されると、当人に負担がかかるからでしょう。思い出すだけで、じっとりとした梅雨の暑さを再体験し、自分ひとりだけ滝のような汗をかいている。そんなん嫌じゃないですか笑。同じように、痛みや苦しみも、思い出すことで同じような体験を引き起こさないよう、オブラートに包まれて記憶されている。
この通り。昔の自分はすでにしっかりと書いていたのです。んじゃあもう、今回はこのあたりでいいですかねぇ笑。
まあせっかくなんでちょっと思いついたことを書くと、年配の人が、「昔の夏はエアコンなんていらなかったのに」とかいいますよね。その人がいう過去の暑さが、果たして今より涼しかったか。そこは必ずしも正確なわけではないし、さして重要でもないでしょう。今より暑かろうが涼しかろうが、当時はエアコンを使わずに夏を乗り切らざるを得なかった。それを何十年も経ってから回想したときに、過去の暑さにおける感覚的な記憶が残っていないからこそ、昔はエアコンを使っていない=当時は涼しかったと、辻褄を合わせている場合も考えられる。
結局のところ、あとから思い出す夏の暑さとは想像の産物なのでしょう。その想像を引き立てるのが、当時の暮らしぶり、というわけです。もちろんデータを探れば、過去よりも近年の夏が暑いという事実は観測可能かもしれない。でも、人間が肉体的に感じる「本当の暑さ」とは、「うわ、なんか今日暑くね?」と思っている今この瞬間にしか存在しない。とはいえ、
自分がいま感じている暑さを、過去の自分も同じように感じて生きていた。そう感じられるとき、記憶は過去へ幽閉されたものではなく、今の自分と地続きのものであると実感できる。
昔の夏の暑さと、それに付随する記憶が、まさにいまこの瞬間に感じる「鮮度のいい暑さ」によって瑞々しく蘇るわけです。だから夏ってエモいのでしょうね。もうすぐ夏だ⛱️
ちなみに2018年というとこれが流行った年です。