口から出まかせ日記【表】

家にあるホッカイロすべて有効期限切れ。

「日本の治安」とかいうやつ。

 

直、銃撃が起こったというのが、私が例の事件で一番衝撃を受けたことです。しかも、その銃は自作で、用いたのは一般人。安倍さんが亡くなられたのが、悲しいとか辛いというより、銃撃を受けるというシチュエーションの凄まじさに面食らいました。


その当日の夕方以降、番組はあの件で一色でしたし、とりあえず見てたんですが、政治家の方が一様に、「この民主主義国家において、このようなことは断じて許してはいけない」と語っていましたね。また、「暴力に訴えてはいけない。言論を用いらなければならない」といったことも判に押したように皆、話していました。


ツイッターでも治安を憂うような「感想」が流れてきて、「日本の治安は以前とすっかり変わってしまった」なんていうツイートに、数千や数万のいいねが付いたり。しかし、正直いって、「それって単なる個人の感想ですよね」としか思えない。「治安」という、さまざまな要素からなる巨大なうねりから生み出されるものを、なぜ一介の個人にすぎない者が俯瞰的に語ることが出来るのだろう。不可解です。


それに今回の事件を、「日本の治安の悪化」という、耳障りの良い「ジャンル」に収束させるのもどうかと思うし、かえって悪影響の方が強いのではないかと感じます。「すでに日本は治安が悪いのか。じゃ、俺ひとりが誰かを殺してもそんな大したことじゃないね」なんて考える人が次々現れたら嫌じゃないですか。影響力の大きいキーワードを用いることで、どこかの誰かを(悪い意味で)安心させることもあるかもしれないから、極力気をつけないといけない。

 
 ひとやすみ

あと、「日本の治安」というと、日本全体がのっぺりとした平和に覆われてるようなイメージを浮かべるけれど、それを現状の実態として捉えることも、理想像として捉えることも、どちらも間違っていると思いますよ。私は、治安とは全体主義的に成り立つものではなく、常に徹底して「現場主義」のものであり、あらゆる有象無象との綱渡りの末に成り立つものだと思うからです。


そういう意味で、あの事件は「日本の治安」の実態を暗示したものなどではなく、あくまでも、あの現場で、たまたまその時に在った「治安を悪化させる要素」によるものであると、そう捉えた方がいいのではないでしょうか。例え犠牲者が元総理大臣だとしても、現職の大臣ではないのですから、国家転覆を図るほどのテロでは無いでしょう。寧ろ、過剰に今回の事件に意味づけをし、「シンボル化」して考えてしまう事の方が、危険な思想ではないのか。


それと、治安とは「引き出される」ものでもある。露出度の高い服装をしたら、犯罪に遭いやすくなるとか、そういうことです。人が持つ油断と連動して引き出されていくもので、そう考えれば、あの現場での状況、警備体制なども含めて油断があったのかもしれません。そもそも注目される人物が市井に出て、パフォーマンスをすること自体が持つ油断、それを捉え直してみるのはどうか。


そもそもの話、選挙演説など外でやるべきでしょうか。選挙カーでポイントを移動しつつ、ライブ感を伴いながらやること。それが演説をする者、聴く者の双方に効果的なのだろうけど、それにより今回の事件は、いわば別種の「ライブ感」に強襲されたわけです。どこか冷房の効くスペースでも借りて、ちゃんと入場者の持ち物検査をしてやるとかどうなんですか。ということで皆さん。投票いきましょう。是非。