誕生日を酒で祝うな。


回の記事で、当ブログ開設2周年企画として「ブログのお題」を募集したところ、たくさん希望を頂きました。皆様ありがとうございます。現時点で集まったお題ですが、プール、サイコロ、化粧、家族のエピソード、雨の日のエピソード、衣替えについて、酒での失敗談、もし私が洗濯機または街灯だったら、といったところです。ざっと眺めてみると、それなりになんとか書けそうなお題が集まって安心しました。ゆっくり手をつけていこうと思いますので、のんびりと期待しててください。


で、ブログの開設記念日からそれほど間を置かずに、私の誕生日となるんですが、毎回やることといえば、なんだかんだ酒を飲むしかないんですわ笑。パーッとどこかに行こうかと思っても、大抵まだ梅雨明けしてないから天気にも恵まれず、昔からタイミング的にあんまりよくない時期です。しかも今年は誕生日当日があいにく平日という事もあり、その前の週末にフライング気味に祝いました。



そういえば、20代くらいまで自分に限らず誰かの誕生日と聞くと、わちゃわちゃと忙しく予定を組んで、みんなで集まって酒宴を設けるみたいなノリでした。私が誕生会の主催者として、店をリサーチして予約したり、お互いの都合を聞きだしたりとかしてたので、誕生日の前ってなんか妙に忙しかった記憶がある。当時と比べると、今はどうしちゃったのってくらいひっそりしてます。

 

20代の頃ってなんていうか、意識してきっちり良い思い出をつくれれば、その後でけっこうツラかったりしても、割と我慢が効くような感覚があったんです。毎日の体力気力の回復も早いですしね。仮に思い出が「給油」だとすると、20代は燃費が良かったような気がする。一度思い出を作れば、それが長く自分の中で燃焼してエネルギーに変わるような感じがありました。30代になるとこのあたりがだいぶ鈍ってきた感じがします。だからこそ、日々ちょこちょこと、自分になにかしら補給する癖がついていくのでしょう。

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私はその「給油」となり得るものが、15年間変わらず酒ですが、昔と違うのは、それなりに高価な酒を祝い事など関係なく飲んでることです。以前だと、せっかく高い酒を飲むなら、誰かと集まる機会がある時や、正月やら節分やら七夕やらといった伝統行事にかこつけて、そこそこの酒を買って飲み、それ以外の日は安い焼酎を水道水で割って糊口をしのぐみたいな感覚でした。が、今は週に一度のペースで純米吟醸なんかを躊躇なく買い、自分を労う癖がすっかりついてしまいました。


いまのところは給与から計算し、月ごとのリミットを設けて酒を買ってるので、酒で身上を潰した人で有名な小原庄助さんのようにはならないと思うのですが、さっきの「思い出の燃費」の事を考えると、こういう習慣は危うげな気配が濃いです。これからますます燃費が悪くなって給油量が増えるとすれば、もちろん私の場合、それはストレートに酒量に繋がることを意味しますから。


飲酒の内容の変化は、間接的にコロナウィルスの影響も受けているはずです。ストレスを受けているからというより、状況的に「酒の機会を待つ必要が無くなった」からだと思います。自由に出かけて飲めるなら、むしろ誰かと一緒に楽しく飲むその日まで「酒を待つ」ことができるけれど、実際その機会がほぼ無い。だから、逆に自分の好きな酒を自由に飲む機会が増えたことで、習慣が定着してしまったのかもしれません。


なので、いざ自分が誕生日を迎えても、改めてどう祝うべきかまるでイメージができませんでした。毎週一度は、自分に誕生日を祝ってるのとほぼ変わらず、差別化ができないからです。で、今年もそのあたりよく考えないまま結局酒を飲んでしまいましたが、なんか正直、あまり「給油」にはならなそうな感じですね。寧ろ酒から遠く離れたことを誕生日にした方が良かったのかもしれない。そんな思いを今日の記事のタイトルに込めましたです(;´Д`)


※「酒での失敗談」というお題でブログ記事の希望を頂いてますが、今回の記事はそれとは違います。失敗談は改めて後日書く予定です。

 

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朝寝、朝スムージー、朝湯シャンとかだったらただのOLの休日。