口から出まかせ日記【表】

家にあるホッカイロすべて有効期限切れ。

体力は隠れている。

 

のまえ、久しぶりに大学時代の友人と話しました。友人は私がブログを書いていることを知っています。というか、教えたつもりはないのに何故か知ってた笑。「ブログなんてよく続けられよね。どこからそんな体力が出てくるのよ。俺なんか豆腐切るのもダルいよ」とかいってたので、豆腐を切る体力も無いのはやべえんじゃねえのと言っときました。

 

あと、体力については、「私だって人一倍体力があるなんて思えないけど、ブログを書く体力は不思議と残るというか。ブログを書く時に、それ専用の体力が湧いてくる感じかなぁ。言ってること分かります?」と応えたところ、「分かんない。ちょ、ちょっと、ちょっとうんこ」といったきり、以降その友人とは連絡がつかない。くたばったのかしら。


それはどうでもいいとして、常々、体力というのは実に分かりにくいものだと思ってます。ゲームの世界ではとても分かりやすいのにな。画面の左上あたりに体力ゲージがあり、敵から攻撃を受けたりバナナを食ったりすると、減ったり回復したりするのが目に見えて分かる。でも、現実での体力はどこか謎めいたところがあって、実態がよく見えてこない感じがしませんか。


ヘルスケア系のアプリで、心拍数や血圧、体温、前日の睡眠時間などを把握するのは簡単だけど、それだってヒントでしかない。「あなたの体力は今これくらいです」などと、分かりやすく教えてくれはしません。寧ろ、健康的な指標と、当人が自分で感じている体力に差がある場合もあるでしょう。不健康そのものなのに凄いアクティブな人とか普通にいますから、体力ってなんなんだか、私にはいまだによく分からないままなのです。

 f:id:star-watch0705:20220203194933j:plain

 

ただ、「体力は新しく発見できるもの」なんだろうなとも思ってます。例えば、私がブログを始める以前は、「ブログを書く体力そのものが存在しなかった」のだけど、ブログを書き始めてから、ブログを書くことができる体力を「発見」できたからこそ、続けられていると思うのです。つまり体力とは、基本的に本人の目に見えないところに隠れており、何らかの行動と照らし合わせることで、新たに獲得できるものなのかもしれない。


仕事なんかもそうですよね。ある仕事に就くまでは、その仕事をする体力を自分に見出せなかった。仕事に慣れないうちはやっぱ疲れやすいし、精神的にも消耗しやすいものですが、そのうち慣れてくれば諸々の疲労感も抑えられてくる。私の感覚だと、その仕事をする体力が元々自分の中に存在したというより、その仕事のための体力が別個に増えたという感じがするんですね。


勿論その日の体調なんかを左右する、根本的な体力も存在すると思うんですが、それとは別に、個々の行動ごとに「小さな体力」のようなものが、それを行う本人の中に存在しており、根本的な体力とはまた別に消費されてゆくような気がする。そう考えてみると、ますます体力ってなんなんだかよく分からなくなってきますな笑


考えてみれば体力だけじゃなく、我々の周りには「努力」だとか「気力」だとか、なんかようわからん力がいっぱいフワフワしてるわけです。でも結局、自分自身の行動に関わることは、全てをひっくるめて「体力」の範疇として考えればいいんじゃないかと。筋力も精神力も握力も眼力も圧力も再生力も努力も収納力も呪力も学力も迫力も女子力も無気力も電力も経済力も結束力も魔力も魅力も。すべて総動員したのが私の体力です。

 

www.youtube.com