口から出まかせ日記【表】

食欲さん、さようなら。

「踏破感」の話。

 

ちおうお伝えしておくと、今週末からまた出かけます。目的地は浅草。数年ぶりに三社祭が開催されるのです。これはゆかねばなりません。そんなこんなで、今月のブログの更新度合いは壊滅すると思いますが、お許しください。

www.asakusajinja.jp

今回は日数を縮小しての開催。見る側としては寧ろ、その方が内容が詰まっているわけだから、見ごたえがあるとも思えます。きっと人出も凄いことになるでしょう。浅草周辺のホテルは軒並み、二か月くらい前から満室でしたよ。

star-watch0705.hatenablog.com

私は浅草が好きで、お金と時間に余裕があればちょくちょく遊びに行く癖があったのですが、コロナ禍のおかげですっかり行けなくなっていました。約二年半ぶりの浅草。満喫したいと思います。


話題を少し変えて、このまえ旅行に行ったことについてですが、言ってみれば「リベンジ旅行」のつもりでした。前に行ったことがあるのだけど、なんとなく未練を残したままだった場所を再訪したいとずっと考えていました。それがようやく叶えられて大満足というわけです。


特に伊勢の周辺と名古屋。この二か所は十年以上前に旅行で訪れたことがあります。当時は知り合いの車に乗せられて各地を回っていました。ただ、スケジュールがけっこうバタバタしていたし、その土地を碌に歩くこともないまま、通過しただけのような感じだったんです。今回は自分の足で踏みしめて歩くことが出来ました。おかげさまで、履いていった革靴が破損するほどに。

 

 

今回の旅行で「踏破感」のようなものは大事だなと、改めて実感した気がします。そもそも、遥か昔から人が歩いてきた道のりをなぞるコースを設定していたこともあり、歩くことで感じられる身体感覚を自分の体に落としこんで、旅人のひとりになったような気分で歩くことができました。そのあたりも満足感に繋がっているのだろうなと。


なんか同じことを前にも書いてた気もしますが、目的地だけを効率的に回る旅行は、私にとっては物足りないものです。寧ろ、目的地に着くまでの過程が旅行であり、そこにある程度の負荷のようなものをかけないと、経験として体に沁み込んでこない感じがする。もちろん、乗り物で快適に移動するのが悪いなんて言うつもりはないし、私だって疲れたら我慢しないで、タクシーでもなんでも使う人間です。


でも例えば、私が誰かの車に乗っけてもらっていて、窓の外にいい風景が立ち現れたとする。すると無性に車から飛び出したくなり、その風景のまっただ中に自分を置きたい願望が湧くわけですね。そこに足を踏み入れたとき、自分はどう感じるか。それを実際に試すことが出来る自由があるかどうか。そのあたりの是非が、自分にとって旅の充実感、つまりは踏破感であろうと思います。


まあ、新幹線と快速列車を乗り継いで得た踏破感を、そんな偉そうに誇るつもりはないですが笑。そういえば「お伊勢参りは一生に一度」なんていわれますが、私は今回で二度参ったことになります。なんだかんだ生きてるうちにあと三度ぐらいはお参りしそうな予感がする。そのくせ、一度も現地で名物の赤福を買わずに人生終了しそうです。

 


クリアしたら報告しますとか言っといて完全に忘れてましたが、エルデンリング、もうだいぶ前にクリアしました。踏破感の塊のようなゲームだった。