口から出まかせ日記【表】

GWで浪費すると母の日にツケが回る。

とばっちりを食う弱み。

 

近、Twitter(現X)で「古文・漢文は役に立つか立たないか論争」が起きており、中学生みたいな意地の張り合いを眺めて呆れ果てている今日このごろ。展開されるそれぞれの持論に頷けるのもあるけれど、そもそもが、どーでもいい意見を無視できず、堪え性のない大人がてんやわんやになっていること自体恥ずかしい。ちなみに私には古文・漢文の心得が少々あり、そのへんの古い石碑を読んでみたりするものの、石碑を殴りたくなるほどなにが書いてあるかわからん。だめじゃんね。


話が変わるんですが、ちょいと前から若い方々が句読点が苦手だって話を聞きます。

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文章の最後につく。このちっこい丸に威圧感を感じるらしく、「マルハラスメント」なんていう言葉まで作られてしまった。「饅頭怖い」ならぬ「句読点怖い」か。でもこれって、そもそも社会的な規定やマナーに苦手意識を持つ人がいて、句読点が苦手というのは、単なるその一部分に過ぎないんじゃないかとか思うんですけど、どうなんでしょう。


肝心なところは、句読点そのものではなく、句読点からどんなものをイメージしているかではないでしょうか。例えば会社に行きたくないっていう人が、休みの日に句読点のついた文章を眺めるだけで会社のことを思い出してしまうとか。友達とLINEで盛り上がっているところに、親の句読点がついたLINEが入り込んだりすると、出さなきゃならない宿題とかレポートを思い出させるとか。句読点が、ちょうどいま楽しんでいるところに水を差し、現実へと引き戻す象徴になっているのかもしれない。

 

 

若い人で句読点が苦手な人がいるということは、「その感覚、全然わからん」っていう人も普通にいるのでしょう。むしろ、自分の文章の節々にきっちり句読点を散りばめるのが好きだって人もいるはず。でも、「今の若い人は句読点が苦手なんだ」という情報が中途半端に伝播されてしまうと、一部の人の抱える弱みが、若い世代全体が持っているかように考えられてしまいそう。どこかでその「とばっちり」を食う人もいそうで気になります。


若い人だけに限った話でもないですよね。高齢者の運転事故が多発している中、高齢者が車を運転すること自体が危険視され、すっかり個々人の運転能力を信用しない気風が出来上がってしまいましたし。あと、煽り運転のニュースなんかが映像で流れると、煽っていたドライバーの乗っていた車種やメーカーがとばっちり受けてイメージダウンしたりだとか。事件や事故が起こるたびに、その当人のもつ背景情報がひとり歩きして、その人と同じ部分を持つ場合に、事故や事件を起こす予備軍のように捉えられてしまうことすらある。


もはや、誰しもが日々とばっちりを受けながら生活しているようなものかもしれませんね。自分のことに関して、多少なり肩身の狭さを抱えているのが普通となった。だからこそ、「古文・漢文なんて役にたたねぇ」とかいうSNSの投稿によってたかって乱闘状態になるのも、自分が虐げられているという、その感情を忘れさせる何かを欲しているからじゃないか。なんて妄想をしつつ、そろそろ疲れてきたのでこの辺でしっかりと句読点を打って、この文章を終わらせようと思います。

 

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妙な音楽ばかり聴いてる気がするので、70年代ロックンロールから履修し直そうかと思ってます。てことでまずはエアロスミスあたりから。