口から出まかせ日記【表】

GWで浪費すると母の日にツケが回る。

外向的なモノが欲しくなる心理。

(今年の4月に投稿したものを修正しました。どんな年齢になっても遊び道具は必要ですね。モノを通して自分を見る。文明などなかった人間が何千万年もの間やってきた事ですから、なじみ深いんでしょう)

 

★★★

 

最近買って乗り回しているバイクに限らず、時々、遊び道具が欲しくなります。それも、室内では特に用途がないものが多い。ランニング用のスニーカー、釣り竿、双眼鏡、ひとり用のバーベキューのコンロ。どれも外で使うものばかりです。

 

外向的なモノに、何故か惹かれて買ってしまいます。愛用しているものもあれば、一度も使わずに押し入れで息をひそめているのもある。自分が外向的だからこういったものが欲しくなるのか、本来は内向的だから、モノで釣って自分を外に誘おうとしているのか……まあ、両面の部分があるんだと思います。

 

これに近い傾向は私の祖父や父親にもありました。祖父はガーデニングが好きな人で、ありとあらゆる道具を持っていました。高級なのこぎりとか、剪定鋏とかが何十本もありました。そのうち、実際に使っていたのが数本くらいでしょう。他は埃をかぶったり、錆びたりしていました。

 

父親はキャンプ道具にハマっていた時期があり、ランタンとか、ガスバーナーなんかをちょくちょく買っていました。実際に使ったのは数回。年齢と共に、アウトドア自体がめんどくさくなったようです。キャンプ道具は物置の中で化石になっています。

 

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思うに、あるモノを眺めて、それを使っている自分の姿をイメージできるからこそ、買いたくなるわけです。モノを通して自分の可能性を幻視できる。その道具を使うために、ある程度の能力を持っているからこそ、イメージが発現する場合も多いと思います。

 

でも、購入していざ使ってみたら、イメージ通りではない多くの失敗やら何やらがあったり、時間の制約などでなかなか使う機会がなく、いつの間にか埃をかぶっていたりする。でも、モノ自体が不要になったわけではなく、それをうまい具合に使って楽しんでいるような、そんな自分のイメージはまだ生きているわけです。

 

だから本人も捨てる気が起こらない。周りの人も勝手に捨てるのは忍びない。モノはどんどん増えていく。家に住んでるのか物置に住んでいるのか分からなくなってくる。「いっそのこと断捨離するか」と、自分が大事にしていたイメージごと、モノを大量廃棄してさっぱりしたつもりでも、「モノを通した自分の可能性」に餓える気持ちは、結局また湧いてくるのではないでしょうか。

 

いまの所、自分はミニマリズムとか、断捨離とかと無縁で、モノは増える一方です。あんまり捨てたくありません。広くないスペースに、とりあえずモノを秘匿しています。