口から出まかせ日記【表】

酢の物が美味しい時期になりまして。

物欲で人生を渡ってきた。

くの宗教において、「物欲に支配されていると真の幸福は掴めませんぞ~」というのは、不思議と一致した考えであるような気がします(適当)。ところが、現代はすっかり物欲が宗教であり、本道になっている。いったいどうなってんでしょうか。私も暇さえあれば、Amazonで商品検索をしている。私の宗教はAmazonです。

 

物欲に満ちたメインストリートの脇道として、ミニマリズム、断捨離、ナチュラリズム、ヴィーガニズムなどがあるものの、これらの道は結局、メインストリートを歩いている人がいないと、入ってくる人もいないわけです。

 

だから、今の時点でそれらはメインには成り得ない。それらがメインになるというのは、東京で言えば、銀座や日本橋が崩壊し、高円寺や成増や奥多摩あたりに人が集まるということで、地球の環境が大きく崩れたりでもしない限りあり得ないでしょう(失礼)。

 

私自身に目を向けると、間違いなく物欲は精神の支柱になっていると感じます。物欲があればこそ、その欲を満たすため、働きもするし、色々調べて勉強もします。逆に物欲が失せると、こんなふうに働きもせずブログを書いたり詩を書いたり、ロクなことをしない人間になる(笑)。つまり、私にとって物欲は先達であり、人生の水先案内人の役割を担います。

 

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ただ、物欲と言っても私の場合はスケールが大きくないし、そこまで高価なものは望みません。車も欲しいと思ったことがないし、ブランド物の時計やらもピンとこない。私の物欲は基本的に、好きな本を月に数冊買えるとか、日本酒を月に数本買える程度のものです。それが維持できれば、とりあえずはOKです

 

しかし物欲は一定でなく、波もありますよね。私なら、急にバイクが欲しくなったとか、買うつもりもなく服屋に入ったら急に買いたくなったとか。そういう場合の物欲に対処するために、ある程度貯蓄をしとくなり、もう一度自分の心に耳を澄ませるなり、色々方法があるわけです。これらは物欲があることで身に着くことでもあり、逆に物欲が無いと鍛えられない部分でしょう。

 

物欲は厳しい教師ともいえます。身の丈に合わず高い車を買った結果、貧窮生活を送らざるを得ないとか。「これを買った結果、この状態になっている」というリアルな因果関係を買い物は知らしめてくれます。失敗した買い物の体験はすごく身に沁みますよね。その起点が無くして、節約を促すライフスタイルも勃興はしないでしょう。逆にその起点を体験しない人が、ミニマリズムなどやっても反動が来ると思うのですが、どうなんでしょうね。

 

あ、そういえば私、最近物欲が出てきましたよ。一眼レフが欲しいし、今年は立て続けに凄いゲームが出るからぜひやりたいし、スマホも新しいのにしたい。無職期間を経たら物欲まみれになりました(笑)。これは「そろそろ働け」というサインと受け取っておきます(*_*;