口から出まかせ日記【表】

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「社会人」という「誉れワード」。

 

ぎるさんがこんなブログ記事を書いていました。個人的にとても面白いなと感じました。

www.agiru64.com

詳しくは上の記事を読んでください。思い切った要約させていただくと、「社会人」ってなんなんだよ、という内容です。私なんかついこないだまでプー太郎だったわけですが、再就職をしたので無職じゃなくなりました。これで私は社会人になれたというのでしょうか。


実をいうと私も、あぎるさんとほぼ同意見です。別にその人に職があろうがなかろうが、また親元から自立していようがいまいが、日本社会の中で生活している以上、「社会人」に変わりないのではと考えます。そもそも「社会」という言葉はともかく、「社会人」という言葉は、別にあっても無くてもいい曖昧な言葉だと思っています。そこは「市民」とかではダメなんですかね。


改めてネットでちょっと「社会人」について調べてみましたが、その言葉の定義を、それを使う人に丸投げしている印象が残りました。

works.sagooo.com


例えば、就業の有無で人を判別する場合、働いている人ならば「労働者」と呼ぶのが一番しっくりきませんか。実際に労働してるわけですからね。そこをあえて「社会人」と呼ぶ意義はなんでしょうか。はい。ここから私の意見を言わせていただくと、「労働者」と呼ばれるよりは「社会人」と呼ばれた方が、「誉れ(ほまれ)」だと感じる人が多いからじゃないかなと思います。

 

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おい、そもそも「誉れ」とはなんぞやという事ですが、こういう意味です。

 

dictionary.goo.ne.jp


つまり、人からの評判や名誉を感じさせる事柄を誉れと呼ぶようです。そして「社会人」という言葉は、私からするとそんな、誉れに関係する「誉れワード」だと思うのです。


例えば、昔は小説家を「文士」なんて呼ぶ人がいました。最近だと、イラストレーターを「絵師」なんて敢えて呼んだりしますよね。職業名では自身に名誉が感じられなかったり、逆に名誉を与えたいという思惑のある人によって、ある職業が彩られて「誉れワード」に変わるという文化は、昔からの伝統ではないかと思います。


私からすると「社会人」という呼び名も、この系譜に連なるものじゃないかと。単に「労働者」と呼ばれるだけでは名誉や誇りを感じないので、「日本社会の一員として社会を支えている」という感覚を拠り所に、「社会人」という言葉が生まれたのではないかと考えています。それがいつ生まれたのか、私も不勉強でよく分からないので何とも言えませんが、これだけ一般に浸透しているとなると、かつて国家的なPRでもなされたのでしょうか。


「社会人」という言葉を盾にし、人に対して優位性を持った意見を言う人もいるようですが、正直、私からするといったい何の優位性を持つのか分かりません。というのは、「社会人」を特権だと考える人は、例えば会社が倒産したり、単にクビになったりしてそうでは無くなった際に、大きなプレッシャーを感じやすいはずです


ある優位性に対するこだわりが根深いと、それが失われたとき、人は自身の感覚に復讐されます。自分が敵になって自分を刺します。これが特権意識の怖いところなんですよ。おお、だいぶ書いたのでこの辺で終わりにいます。「社会人」がいつごろ生まれたのかは興味がありますね。少しずつ調べていこうかと思います。参考になる書籍等あればご教授ください。