口から出まかせ日記【表】

もうすぐゴールデンウィークですね(早)

「ライフ・ボランティア・バランス」という言葉。

 

の流れが早いです。ついこのまえ正月だったはずが、もう旧正月を過ぎているこのスピード感。呆然とし過ぎて、図書館に行ったら館内に図書カードを忘れてしまい、「預かってあげてるから次来たときでも取りに来な」と電話で連絡がありました。ご迷惑をおかけしている。


能登半島地震」発生からも一ヶ月過ぎたことになります。私もいくつかのところで義援金を支援させてもらってますが、これがもし近場だったら、直接行って、瓦礫拾いでも炊き出しでもなんでも手伝いたいのが本音。

solitude-diary.hatenablog.com

カッペ1号(かいち) (id:Kuunyan_takashi)さんが、ボランティア体験のブログ記事を書かれていて、「現地はこんな感じなんだな」と勉強になる一方、頭が下がる思いでした。能登は古い家が多く、崩れた土壁の破片がたくさんあって、それがすごく重くて持ち上げにくいとか、現場の困難さが伝わってきます。


ところで。「被災地を手伝いたいんだけどな〜」と思いつつ、募金などの間接的支援はしているものの、焦燥感というのか、悶々として心が落ち着かない人もいるかなと思います。で、たまたま私が図書館で借りた本の中に、「ライフ・ボランティア・バランス」という言葉が載っていました。現状における心構えとして良い言葉だなと思った次第で、ちょっと紹介させていただこうかなと。

 

 

載っていたのが、ジャーナリストの古川英治さんの著書、『ウクライナ・ダイアリー 不屈の民の記録』という本。ウクライナに在住している古川さんが、ロシアのウクライナ侵攻を現地で取材した内容が書かれています。


現在もロシアに武力侵攻されるウクライナですが、武力介入された場所と、そうでない場所の格差が大きく、安全圏に住む人たちはいてもたってもいられずに、食料や軍需品調達のための支援活動を行ったりしているそうです。ただ、精神的な切迫感から支援活動にのめり込んでしまい、自身の体力や経済能力以上の支援をして消耗される方もいたようですね。


戦禍と災害を同一視してはいけませんが、どちらにせよ、メディアやネットでは人々に支援を促す告知に溢れます。すると是が非でも、それらに応じなければならないかのような意識となり、中には強迫観念に苛まれる人も現れてしまう。それを受けて、ウクライナのメディアで取り上げられたキーワードが、「ライフ・ボランティア・バランス」なのだそうです。この言葉には「持続可能性」のイメージが盛り込まれているそうで、つまり、その人が無理をせずに持続できる程度の支援をするように呼びかけたわけです。


ウクライナの状況下では「持久戦」の心得ともいえますか。ただ、災害においてもこの「ライフ・ボランティア・バランス」は有効であると思えます。そもそも、溢れんばかりの支援は、かえって被災地を消耗させます。支援者のみならず被災地の疲弊を減らすためにも、自分自身の生活も大事にしつつ、圧迫しない程度の支援を長く続けていくのが肝要はないでしょうか。ということで、私も懐を圧迫しない程度に、暫くの間、募金を「サブスク的」に続けていこうと思っています。

www.osaketo-washoku.jp

自分の好きなものに関する寄付をするのもいいと思います。能登は美味しい日本酒の生産地。ぜひ復興して欲しいものです。