最近、人前で書類に年号を書く機会があったのですが、いともあっさり(?)、「平成31年」と書いてしもうた。受付の人からは「まだ慣れないですもんね~」とのフォローが。いやぁ、お恥ずかしい。
それから、昔からメカニズムがよくわかりませんが、急に顔から汗が吹き出してきました。リュックサックから熊のプーさんのハンカチを出し、顔をしきりにふいたものの止まりません。おかげさまで、建物を出た時には、銭湯からあがってきたかのような解放感がありましたよ。
この、人前でちょっとした間違いとかトラブルをしでかすと、顔に汗をかいてしまうのは昔からです。ここ最近は多少緩和されてきたのですが、10代とか20代の時はとにかく毎日汗ばかりかいていました。汗を流すために生きていたといっても過言ではないかも。汗を流した分、精神的には絞られたんじゃないかと思いたいところです。
大学に入ったばかりの頃は、ひとりで店に入って食事をするのも恥ずかしかった。ラーメン屋とか牛丼屋に入るのも、店の前を行ったり来たりして、覚悟を決めてから、ようやく自動ドアをくぐれたのです。喫茶店とか居酒屋にひとりで入れるようになるまでに、何リットル汗を流したことやら。
さらには、異性との付き合いやら、ゼミの研究やら、就職活動やらと、自意識がどうのこうのと言ってられないくらい、あらゆる未経験の怒涛の波が押し寄せてきまして、恥ずかしいという感情を、大事に抱えているわけにはいかないようになりました。
それで、どうなったのかといえば、とりあえずは目の前の事にぶつかってみて、恥じる時は後で恥じるように矯正されていった感じです。自意識を感じることを後回しにするようになったのですね。しかし、感情を振り切ったとしても体は正直ですから、顔はしょっちゅう汗でだらだらでした。とりあえず保湿の心配はしなくて済みましたが。
その後、年齢を重ねるごとに、「恥」の感覚の元となる、自分の自意識自体が、だんだん薄れてきたように思えます。言い換えると、曖昧な先入観に頼らなくなったのかもしれない。まず、実体そのものを眺め、それに対して客観的な評価と感情を伴うという、意識上での作法が身についたのかもしれません。さすがにちょっとぐらいは大人になったということでしょうか。
若いころに良さげな居酒屋に入るのにも、もじもじしていたのが嘘のように、今はなんの躊躇もなく入ることができるようになりました。奥から綺麗な女将さんが出てきて、「おひとり?」と、カウンターに案内され、辛口の冷酒と酢蛸で一杯やっていたところに、おかみさんが来て耳元で一言、「お兄さん、ちょっと、涼しくないですか」と、社会の窓が完全開放されているのを粋に指摘されて、中ジョッキ一杯の汗を流すのです。