口から出まかせ日記

口から出まかせ日記(畳みかけ)

悪口と青春。

 

が爆発したように咲き始めました。自分の住んでるあたりで3月中に咲くなんてのは今までなかったこと。にわかに忙しくなりました。なんかの記事で、「梅の花の方が好きやね。桜はそれほどでもない」みたいなしゃらくさいことを書いてた気がするんですが、桜が咲き始めたらそんなの忘れて夢中になってます。ちょろいもんです。


ああそれで、会社の昼休みに、近くの公園で桜を愛でながらカロリーメイトをぼそぼそ食っておりましたところ、目の前に中学生ぐらいの女子たちがやってきて、芝生にシートを敷いて花見をはじめました。都会と違ってこのあたりじゃ、そもそも昔からソーシャルディスタンスであるわけでして、ガラガラの公園のど真ん中で花見を始めたところで誰も何も言いません。いいですなぁ。さぞや華やかな話で盛り上がるんだろうなとおじさんは思っていましたよ。


甘かった。飛び出てきたのは呪詛でした。両親や教師、ここにはいないクラスメート、自分の住む地域、さらにはこの国に対する凄まじいほどの悪口が、果汁80%微炭酸飲料ぐらいな感じで弾けるのです。「あいつ死ねばいいのに」とかいうレベルじゃない。「あいつ今度死なす」という宣言を、さっぱりした表情でカジュアルに口に出すんだから怖ろしい。公園では3歳ぐらいの子が「ふふぇぶるっふぇふぇふぇ」などと不明瞭なことを言いながら歩いてましたが、彼女らのそばに来た途端、急に動きが止まり、顔が異様にゆがんだと思ったら一目散に逆方向に走っていきました。


で、私も彼女らの毒気にやられたか、急にお腹ピーピーになってしまいましてね、公園の隅のトイレに直行し、頑張っていたんです。そしたらトイレの裏手に春休み中の男子学生がたむろしてるらしく、話が聞こえてきました。内容はやはり呪詛です。自分を囲む環境を切り刻んで、すべてに呪詛を掃き散らしているのです。春なのに~、春なのに~、ためいーきまたひとーつ。柏原芳恵を苦し紛れに小さな声で歌いましたよ。

 f:id:star-watch0705:20210331202154j:plain

でも考えてみれば、自分も10代ぐらいの頃は悪口しか言ってなかったかもしれない。というか、ついこないだまで悪口しか言ってない気がしてきました、すんません。それでも、ある程度の年になれば、自分の言ってることが悪口かどうかぐらい判別が付くはずですし、なるべく悪口に囲まれないで生きていきたいと考えるもんじゃないでしょうか。ただ、自分の悪口を無くせても、周りにいる人から発せられる悪口を止めることができないのが、難しいところだと思います。


書いてて思い出しました。15年ぐらい前ですか、自分も含めて5人くらいでつるんでいた時期がありました。仲が良かったのかと思えば良かったのかもしれないけれど、話題はだいたい悪口ばかりだった気がする。誰かのちょっとした不幸話なんかが常に流通してる感じです。悪口を言い合いながら、身を寄せ合っていたわけですね。そういうのが必要な時期ってあるのかもしれない。


そうしてしばらくつるんでいるうち、自分の中で「そろそろこいつらと見切りを付けよう」という感覚が強くなってきまして、いつ離れようかと考えながら、相変わらず一緒に焼肉を食いに行ったりしてました。集まれば寂しくない。でも、その中での空気感だとか話のネタ、お互いの習性みたいなのに内心ですっかり飽きてしまい、離れるタイミングを窺っているような時期がありました。まあ、そのうちに就職活動だ卒論だとバタバタし始めたので、なにかと理由を付けて誘いを断り、そのうち関係は霧散したわけです。


その後しばらくして、つるんでいた連中のひとりと会うことがありましたが、どうやら私が離れた後で、ひとり離れ、ふたり離れ、ほどなく解散したようです。「俺も飽きてた。あれ以上いたって面白い事はたいして無いよ」とそいつは言ってましたが、同感です。いま、仲良さそうに肩を並べて歩いている子たちも、それぞれの心の奥で、すでに相手への失望感が育っていると想像すれば、切ないものを感じませんか。悪口がそこらで咲いて、ぱっと散れば、もう誰もいない。儚いもんですね。

 

www.youtube.com

 春は出会いがあれば取り残されもある。