口から出まかせ日記【表】

GWで浪費すると母の日にツケが回る。

胃カメラの思い出①

26歳くらいの頃だったか、日常のほんの些細なことで胸焼けするようになった。例えば、誰かと長話するとか、コーヒーや紅茶を飲んだりした後で、胃液が食道に上がってくるような不快感が現れる。いったんこうなると、なかなか症状が治まらず、仕事にも遊びにも支障が出てくる。つらいので、近所の病院で診察した。

 

「消化は良い方ですか」「普段、座っていることが多いですか」「日常でストレスは感じますか」とお医者さんから聞かれた。「はい」「はい」「いやぁ~そんなでもないですけどね~ははは」と答えた。予想していたが、逆流性食道炎の検査を受けてみましょう」という流れになり、紹介状を書いてもらった。胃カメラで食道、胃、十二指腸をチェックするわけだ。

 

胃カメラをやったことが無いのでネットで体験談を眺めてみたが、感想としては、「つらい」「拷問と同じ」「涙がとまらなかった」「死んだ」などといった、やる前からうんざりするようなことばかり書かれてあった。その中に、「上手な人がやれば大丈夫」「体の力を抜けばすんなりいく」「自分の胃の中の映像を見られて感動する」といった、微かな希望の光みたいなものもあった。

 

生の声も聞いた方がいいと、周りにいた年配の人間に、「今度、胃カメラ呑むんです」と伝えると、なにやら不憫な子供でも見るような顔をされた。アドバイスを色々もらったが、共通していたのは、「自分をまな板の上の鯉だと思え」という事だった。つまり、あきらめて、受け入れろ、ということである。

 

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検査当日。不安感を全身からモヤモヤ漂わせつつ、大学病院の胃腸科を扉をくぐった。どういうわけか、胃腸科のスタッフはみな美男美女ぞろいだった。キラキラしていた。私はちょっと希望を持った。とにかく頑張ろうと思った。まず、検査の前に口の中を綺麗にしてから、胃カメラを喉に通す際に痛くないように、喉の奥に麻酔を散布されたが、予想外にこれが辛かった。

 

喉の奥に無感覚の地帯、つまり死んだ部分があるというのは、異物が喉につっかえているのと同じことだ。気持ち悪くてやたら唾液も出てきた。それからいよいよ胃カメラの部屋に通されたが、そこでも予想外が待っていた。まず、胃カメラ担当の女医さんがとにかく美人だったこと。その女医さんから、「今日の検査ですけど~、うちの学生が見学してもよろしいでしょうか~」という提案があったことだ。

 

美女の頼みは断れぬ。「ええ、ようござんす」と答えた。それから、真っ白くて感触の堅いソファベッドに座り、その時を待った。横で女医さんが胃カメラの準備をしている。黒いミミズみたいな柔軟性のある細長い管を持っているが、それが胃カメラだった。胃カメラの先から「ジュ~」と不穏な音が響いた。管に内蔵された、体液を吸い取る吸引器の音だ。

 

いつの間にか検査室の前に、白衣を着た学生さんが数人、無言で並んでいた。全員メガネをかけていて、なんら感情を推し量れない表情をしている。「それでは、ほしさん、横になってくださいね~」心臓がどくどく鳴った。「力を抜いてくださいね~。あと、ここにモニターがありまして、胃の中の様子が見れますよ~」と説明があった。

 

体を右に倒す。顔の横に受け皿が置かれる。マウスピースを嵌める。胃カメラが迫ってくる。「力を抜いてくださ~い」学生が無表情で見ている。死んだ祖母に救いを求める。「ではいきまーす、は~い」「………………んぐぼぇッ」(つづく)