口から出まかせ日記

今年ももう終わりですね。

趣味の一歩手前。

 

味がそんなに大事かしら(唐突)。「自分には趣味が無いんです」とかいうと、なんかこう、他人から残念な印象で受け取られる風情こそ残念だなと思うのです。あと逆に、自分の趣味についてPRする際、ある程度自分の中で根付いた趣味を説明する必要があるのがめんどくさくなってきました。


面接だったり履歴書であったり、合コンなんかでもそうですけど、趣味がその人の確定情報として取引される印象が強いです。そして、趣味性が洗練されているほど丁重に取引される。さらにその技術が高度だったり、その方面で名前が知られていると、重宝されて人目を惹きやすかったりするわけです。


趣味とは当然、その人の才能の発露と関係があることだから、評価が変わるのは致し方ないでしょう。でも話の糸口として、趣味の有る無しだとか、趣味性の高さが大事だと囚われているのは、案外、素直に満足できる会話に繋がらない気がするんです。懐の探り合いに終始する感じで終わったりとか。私もちょっと経験があります。


なので、「こんな趣味があるんだ」と張り合うより、「ちょっとこういうのは面白そうだと思ってる」くらいの、趣味とはいえない段階の話が素直にできる場の方が私は好きです。完全な趣味の話になってしまうと、こちらに知識が無い場合は聞くばっかりになってしまうこともある。趣味より前の段階なら、なぜそれに惹かれたのかといった、人の感覚に踏み込んだ話を聞いたりできますしね。

 

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で、まだ趣味とは言えないけど、これってもしかしたら趣味になるかも、みたいなのがあるんでその話をします。お茶碗がですね、最近気になってきました。茶碗を眺めて、「これいいな~。ああでも、こっちもいいな~」みたいなことをするようになりました。


伊万里焼。備前焼。んなもん知らん。私が茶碗を眺めに行くのは100円ショップとか、商店街に昔からあるお店です。千円以内の安物を眺めています。たまにショーケースなんかに、数万円の茶器なんかが触れないように飾られてたりしますが、今のところ興味ありません。手で触れられる安い茶碗に惹かれます。


自分には昔から、「茶碗を自分で選んで買うようになりたいな」みたいな感覚があった気がします。逆にいうと、昔は自分で茶碗を買う自由がなかったという事になる。今はその自由はもちろんあるのに、茶碗のことなんかすっかり忘れていたと。それがどういうわけか、石油を掘り当てたみたいにまた噴出したみたいな感じですか。


コレクションというほど数を揃えているわけでもないですが、気に入って購入した茶碗を日々愛でています。古民家カフェなんかでよくありがちな、コーヒーを茶碗に淹れて飲んだりしてますね。「結構なお手前で」とかつぶやきます。単なるネスカフェゴールドブレンドを溶かしただけですがね。お、そういえば今回は珍しく結論からブログを書きましたね。おわり。