口から出まかせ日記【表】

僕と防水しましょう。

謝ることは生きること。

 

こんところ、当ブログ記事の文字数が微妙に増えてきてしまってます。一年くらい前の記事と比べてみると、その頃は長くても1500字くらいで収まっており、ちょうどいい塩梅なんですが、ここ数カ月は2000文字を軽く越えることもある。スマホで自分のブログを眺めていても、やっぱり長いなぁと感じることが多いですね。


当ブログをお読みいただいている皆様には、多大なご迷惑をおかけしていると存じます。が、どうぞそのまま、読みづらかろうがなんだろうがお読み頂こうと思います。謝罪はいたしません。というか、いったい何を、この私が謝罪することなどあろうか。はは(乾いた笑い)。私は私の限界を超えてこれからもブログを書き続けるぞ。ついて来れる者だけが付いてくるがよい。


話が変わりますが、私は職業柄、日常的に謝る頻度が多いです。数年前から福祉業界で働き始めて以降、相手に謝ることは、業務上で基本姿勢のひとつになっている感じです。相手の要望や悩みを聞き取り、把握する必要があるときに、「謝る」姿勢をとることで、相手から必要な情報を受け取りやすくなるからです。実際に謝る際は、いちおう自分の本心も含まれているんでしょうけど、それ以上に職業的なテクニックの部分が強い感覚があります。


仕事上で謝意を示すときに、特に自分を卑下する必要はありません。あくまで「謝る」演技的な演出ですから、根本的には、自分と相手は平等な立場だと認識することが大事です。ただ、お互いに同じ高さの目線で相対するより、自分が相手よりもやや下手に出ることで、相手が安心し、こちらに流れ込んでくるものが増える場合が多いのです。もちろん良いものも悪いものも含めてですが。水が高いところから低いほうへと流れるように、人の意識にもそんなところがあるように思います。

 

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不思議な感覚かもしれませんが、そういう現場で働いていると、だんだん「謝る」ことに自信を持つようになるのですね。自分の謝る姿勢によって、相手から引き出せることが多くなればなるほど、妙な自負心を持つようになる。「あの人の態度では引き出せなかったものを、自分の態度でならば引き出せる」というような意識が強くなってくるのですが、自信はそう長く持たなかったりします。


福祉施設の利用者は入れ替わりもあるため、相性がいい人ばかりと一緒に過ごせるわけではありません。こちらがいくら態度的に遜ろうと、平行線のまま関係が発展しない相手もいます。コンクリートの壁と話してる気分になることもある。するとそれまでの自信が打ち砕かれ、心も折れかかり、こんな仕事辞めてやろうか、なんて思うことになるわけです。


ただ、コンクリートの壁かと思っていた相手に、それでも丁寧に接し続けると、あるとき唐突に、壁に割れ目ができることがある。これはもう感覚的に分かります。「あ、いま、なにかが割れた」と実感できる。そこからほんのわずかですが、相手の心が少しずつ漏れてくるわけですね。この実感には大きな感慨がありますし、だからこそ、なんだかんだ今の仕事を続けているんじゃないかと思います。


では、職務の話は抜きにして、謝るのは好きかどうかというと、それも割と好きなんでしょうね。これまでの経験を思い出しても、あの時に謝れて本当に良かったと思う事は多い。その思い出はいつまでも色鮮やかです。逆に、謝りたいことがあったけど、相手が遠くなってしまい叶わないこともちらほらある。だからこそ後悔しないよう、いま身近にいる大事な人に、謝ることがあるなら謝って後腐れなくしておきたいと思いつつ、なかなか踏み出せないでいる。そんな日々です。お、今日は1500字ジャストじゃ👍


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