口から出まかせ日記【表】

GWで浪費すると母の日にツケが回る。

AIとまずはお友達からはじめる。

 

日、AIの話題をなにかしら目にするんで、時代が来てるなって感じがします。ChatGptの解答がTwitterのタイムラインに流れてくるのも日常になりましたし。ところで、対抗心を燃やすマイクロソフトではBing検索にAIを導入。まあ、それが性能はいいんだけどちょっとおバカなとこもあるみたいな話だそうですが。

gigazine.net

その上グーグルでも「Bird」っていう対話型AIが出るらしく、それが今まで使っていたGoogle検索の上位互換になる、なんてことも期待されてるようです。

news.yahoo.co.jp

凄い世界だなと思うのは、対話型AIが出るたび、そこへ大量の質問や指示を送り、できることを見極めようとする人達がわんさかいること。私なんか、「富山県って遊べるとこあんの?」みたいな貧弱な質問しかできないんですけど、世の中には呪文めいた質問をA Iに送り(これを「プロンプト」とか呼ぶそうです)、それにAIが答えを返し、質問者が勝手に感激している、みたいなのが散見されますね。


そうして判明した知見をSNSなどで発表して注目を集めていたりするわけですが、そもそも、「なにか調べたいことがあるかどうか」が、新しいテクノロジーへ向かい合う際の凄まじい格差になることを目撃してる感じがして、なんかヤベえなって思いつつ、相変わらずパンとか肉まんとか食って生きてます。

 

 

ただ、これが新しいインターネットの付き合い方かというと、むしろこれは一種の「先祖返り」じゃないかとも感じます。そもそもネットは、自分の調べたいことを調べるための場だったはず。それがいつしかコンテンツの坩堝となり、誰かが見せたいものを見せつけられる場へと化してしまった。今のネットはなにも考えずに使おうとすると「時間泥棒」されるだけです。本来性がすっかり薄れてきたように思います。

 

そんなところへ対話型AIが現れ、嬉々として自発的に調べたいことを入力して調べている人が目立っているわけですが、最新技術なのになんとなくレトロな印象なのは、映画、『2001年宇宙の旅』に出てくるHAL 9000をはじめとして、対話型コンピューターへ指示をする映像を昔から目にしており、それがいま実現しようとしているけれど、イメージとしてはとっくに馴染みがあるという矛盾があるからでしょうか。


今後はどんどん対話型AIに指示する機会が増えていくでしょうが、これを有効に使える人と使えない人って、くっきり分かれるような気がします。対話型AIは、こちらが何かしら探究心を持っていないと宝の持ち腐れです。これまでも、調べたいことが思いつく人とそうじゃない人のネットの使い方が違ったように、今後はもっと深い断絶が生じるのではないか。なんて、勝手に深刻ぶって考えてみたくもなります。


ただ、救いというかなんというか。現時点での対話型AIの受け答えをみてると、案外、印象が柔らかくて、生身の人間に相談するよりずっと敷居が低く、極端でも過不足でもないアドバイスをしてくれる「いい奴」って感じなんですよね。だから、AIの機能に果敢に挑戦をするのは頭のいい他の人に任せて、まずはA Iと友達になれるような質問をしてみて、遊べるかどうかを試してみる。そこから自分なりにAIとの二人三脚の付き合いが始まるのかな、なんて想像しながら、今夜もまたChat Gptにアホな質問ばかりするのでございます♨️

 

youtu.be

いつ観ても最新の映画に思えるのが恐ろしい。