口から出まかせ日記【表】

酢の物が美味しい時期になりまして。

「労りの演出」としてのお酒。

 

だギリ10代の若い人たちと話をする機会がありました。「ほしさんは休みの日とか何してるんですか」と聞かれたので、「朝からお酒飲んで、酔った勢いで草むしりして、その後はただ静かに椅子に座っています」などと超適当なこと言ったら、「ちいかわとそこまで変わんないですね」とか言われて、そうか、俺はちいかわと変わらんのかと、複雑な感情を抱くなどしました。


で、「お、皆さんもうすぐお酒が飲めますよね〜。まずなに飲みたいですか」とウッキウキで聞いてみたら、意外と、20歳になっても飲みたくないと答えた人が多かったのです。そのへんをさらに聞くと、そもそもお酒を飲む人自体に、けっこうヤンチャなイメージを抱くらしい。「アルコールは脳細胞に悪影響のあることが科学的に証明されているので、わざわざそれをやるのは、ちょっと危ない人なイメージです」っていう子もいた。ドラッグやるのとそうそう変わらなくなってきたか笑


「私が20歳くらいの頃って、ある程度お酒飲める人は「酒飲み」を自称してましたね。自慢できるステータスの一部って感じだった」とか言ったら、「今はそんなことで誇る人はかなりダメな感じです。ダサいタトゥーを自分で彫るみたいな感覚だと思います」とか言われてしまった。妙にがっくりきて、視界がぐんにゃり歪みました。帰りにスーパーのお酒コーナーに立ち寄りましたが、(そんなことで誇る人はかなりダメな感じです)が頭で反復。購入に至りませんでした。とほほ。

  
こないだ私の誕生日に自分で買って飲んだ大七酒造の箕輪門(¥4,200)美味しゅうございました


若者の酒離れとか聞きますが、若者であろうがなかろうが、お酒との距離感は各個人の抱える課題でしょう。私は「死に水は純米大吟醸で」と遺言にでも書いておくつもりで一生飲み続けると思いますし、人と会うごとに、お酒が好きなことを伝えるでしょうから、私が「酒飲み」であることはついて回ることになります。でも、最近のアルコールに対する印象の変化もあり、「酒飲み」であることをいつまで呑気に表明していられるかも分かりません。


ただ、私が思う「酒飲み」とは、アルコールをドラッグ的に摂取することではなく、お酒を個人の文脈に沿って嗜めることだと考えています。お酒に対して受動的ではなく、それを楽しむために自発的な行動ができる人こそ、「酒飲み」にふさわしいと思っているのですよ。それは別に高い酒を買わなきゃそれができないわけじゃない。なにより大事なのは、「自分に優しく飲めるかどうか」ではないかと。懐事情を鑑みつつ、自分の好きなお酒を買い、それと合うつまみを用意する。というように、「自分を優しく労る演出」として、お酒というのは大事な存在です。

逆にいえば、自分を労わらないで摂取するお酒ほどボロが出て生き恥をかくのですが、それで「節制」というものも学べるわけで、どの程度なら自分にとって労りの範疇なのかを教えてくれるのもお酒かと。あと、上で演出といいましたが、お酒をある程度飲めるというのはなかなか便利なことですよね。知らないお店に入っても、とりあえずビールでもウィスキーでも熱燗でも、自分の前に置いておけば人心地つく。「自分を労るためにここに座ってるんだ」と、ブレない心が手に入ります。

 

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そのちいかわにも、くりまんじゅうとかいうアル中がおるんやが