口から出まかせ日記【表】

GWで浪費すると母の日にツケが回る。

強い名物は味を変えない。

 

日、ブログ仲間のみつき (id:mitsuki1617) さんが面白い記事を投稿されていました。

mitsuki-liferecipe.com

ぶっちゃけ、崎陽軒のシュウマイってそんな言うほどでもなくね? みたいな内容です笑。実は私も4ヶ月ほど前、家族がお土産で買ってきたここのシュウマイを久し振りに食べたんですが、ぜんぜん味を覚えてません。おいしければ多少なりとも記憶に残るはず。これはやはり、そういうことなのか……。

とはいえ、1928年の発売開始以来ずっと売れ続けているのは事実なのです。だとすれば、崎陽軒のがどうこういうより、私の舌が未熟な証かもしれない。私には、四国日清食品の業務用シュウマイあたりが似つかわしいのかもしれません(ちなみにこの冷凍シュウマイは普通にうまいと思いますよ笑)


話が変わりますが、私の地元にも名物があります。「円盤餃子」というやつで、餃子を円の形に並べて焼き、大皿に盛り付けて食べるのですが、ぜんぜん美味しくないと思ってます笑。餃子っていうと、噛むとバリっとした感触と共に、中から餡の肉汁がジュワ〜っと溢れ出てくる。それをビールかハイボールで流し込む。そういうのが至高だと思うのですよ。


円盤餃子はそんな期待を裏切ります。皮はそれなりにパリパリしてるんですが、食感がやや弱いのです。それに、中から肉汁が出てくるかと思いきや、まるで出てこない。中身が妙にモソモソした感じの餡で、食べていてカタルシスのない、カロリーを感じさせない餃子なのです。ハマる人はハマるのかもしれないけど、美味い不味いというより、食べてて「つまらない」というのが正直な私の感想です。

 

 
これはぜんぜん関係ない地元の美味しいラーメンです笑

 

しかし、休日ともなると、円盤餃子を出す老舗にそこそこの行列ができているのが昔から不可解でした。内心、味の分からねえ連中が今日も並んでらぁ、と馬鹿にしてきたわけですが、ここんところ、それは違うんじゃないかと。事実、何十年と信奉を集めてきた名物なのだから、私が感知できない味の領域を知る人たちに愛されているんではないか。そう考えるようになったわけです。


もういっぺんちゃんと食べてみないとなぁ。そう思ってたら、仕事の関係で知り合った人が、円盤餃子を月に3度ほど食べにいくリピーターと分かり、早速その人に根掘り葉掘り聞いたのです。「お前らは、何故、たいしてうまくもない餃子を、行列作ってまで食べに行くんだ。何故だぁぁぁッ」と。そしたらこう返ってきました。「あれっすよ。別にねぇ、僕もぉ、そんなうめぇと思って食いにいってるわけじゃー、ないんすよこれが」


驚愕しました。うまくないのに食べに行くだと? さらに聞くと、子供の頃から通っている店なので、おいしいものを食べに行くというより、「親戚とか友達の作った餃子を食べに行く」ノリなんだそうです。餃子そのものの味はそこまで重要ではなく、店で交わされる世間話とかが目的で行くのが楽しみなのだそう。「逆に、味のレベルが急に上がったりして、それで店の雰囲気が変わったりしたら、かえって行きづらくなる」とか言ってました。

 

なるほど、これが円盤餃子の強さかと感じましたね。大事なのは味ではなく、変わらないものが提供されること。それに加え、単なる客と店員の関係からもっと踏み込んだ部分があること。味の変わらない餃子は、そんな「絆の不変性」の象徴となっているのかも。長年に渡り味に変化の起きない名物は、味を変えずとも、人と人との濃い関係性に支持されて成り立つ。だからこそ「強い名物」となり得る。まあ、そういうことかなぁ、とか思いました。

 

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あの服部先生がシウマイ弁当を熱く語っているぞ